鼻にぬけるような妙なアクセントの英語を操る彼女は、暖房のきいたカフェで会っても決してコートを脱ごうとしなかった。あるときはカシミアとおぼしきグレーのふんわりとしたコートであり、あるときは濃紺のかちりとした上質なコートであり、あるときは衿にたっぷりと毛皮があしらってあるトレンチコートであった。20年以上前の東ドイツでのことだ。そんな富裕な身なりを欲しいがままにしている彼女が実はどういう身分なのか、彼女はプライベートなことは一切、微笑むだけで語ることはしなかった。2週間という取材期間が終わりを告げ、これから西ドイツに入って取材をするという朝、彼女は前触れもなく、いまはもう歴史の記憶でしかない、東西ドイツ分断の国境にやって来て、私たち取材陣を見送ってくれた。その朝、彼女が着ていたのはターコイズブルーのマントだった。黒のタートルセーターとパンツ、それにはらりとはおっていた朝の陽の光を受けたターコイズのマント。黒の革手袋にベレーがそれは絵になりすぎるほどで、私は息をのんだ。けっこうなげやりな応対に終始していた彼女が最後に見せてくれたとびきりの笑顔と思いやり。