できるかぎり現役として働き続けたい人もいるだろう。趣味や特技を生かして新たな生き甲斐を発見する人も、夫婦で世界各地を旅してみたいと考えている人もいるにちがいない。いずれにしても「楽隠居」はまだまだ十年も二十年も先の話なのだ。しかし建築家の私から見ると、そこにはすっぽりと抜け落ちた要素があるように思えてならない。それが「家」であり、日々の家庭生活なのである。退職して組織を離れれば、基本的には毎朝、定時に家を出る必要がなくなる。
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一日のほとんどを自宅で過ごすこともある。それまでは「食って、風呂に入って、寝るだけの場所」だった家が、「朝から晩まで過ごす場所」に変わる。以前は「朝と晩に数時間、顔を合わせるだけの相手」だった夫や妻が、「朝から晩まで顔をつき合わせる相手」に変貌する。さて、そこではどんな会話が交わされ、どんな習慣や約束事や役割分担が生まれ、自分は何をして時間を過ごすのだろうか。そうしたきわめて現実的な日常生活をつきつめて考えておかなければ、「こんなはずじゃなかった」の連続となる。長年、住宅設計をしているとたびたび痛感することだが、「夫婦は一つ、一心同体」と思い込んでいる人が非常に多い。とくに男性諸氏にはそう思いたがる傾向が強い。しかし、はっきり言ってそれは大いなる誤解である。夫婦は一つでもなければ一心同体でもない。二人の人間である。考えていることも違えば、やりたいことも違う。それがきわめて現実的、共体的な形で表面化するのが定年後の日常生活なのである。